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救いの行方

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…………」

銭田は、がむしゃらに三途の川と格闘するのはやめました。
糸が切れたように項垂れて、小石を積むこともなく、子どもたちに囲まれています。
子どもたちは皆、自分の手元だけを見ています。

無謀だ。
考えもなしに飛び込んで、やけっぱちだ。

全部……)

……ただの慰めでしかない。)

賽の河原には朝も夜もありません。空は真っ白なままです。
雨も降らず、季節もわからず、どれぐらい経ったのかちっともわかりません。

ま〜だこんだけしか積んでないのかい!?」

あちこち小石がぽんぽん弾け飛んで、川の中へと落ちました。

おぎゃあ、おぎゃあ
にゃあにゃあ
わあわあ……

そこらじゅう大合唱です。

ああ……ほら、……よしよし、また積めば大丈夫だから……」

ガキのくせにガキをあやすなんて生意気だねタイマくん!
あんたもガキらしく泣き叫びな!」

……知ってた?
すずめって脳みそが一番美味いんだよ。」

え!?」

景色も変わらず、同じことばかり。
何もかも飽き飽きしてきた頃、天が光って、何かが舞い降ります。
獄卒ではありません。
もっと神々しい、何か……

仇子よ、此れより我を親と思え。」

その声は腹の底に低く染み渡り、子どもたちの視線を一斉に集めます。
鬣を揺らし、丸く水晶のように透き通った瞳を持つそれは――

獅子神、シソウヤマです。

銭田は淡く広がる光に目を見開きました。

あれが、神様……?」

獅子神は河原を練り歩き、ひとりひとり子どもたちを見定めます。
それからほんの一部だけを選びとって、その背に乗せました。
もちろん、銭田が乗せられることはありません。

あいつら……どこに連れてかれるんだろうな……」

横目に見ながら、さっさと小石をかき集めます。
救いと呼ばれる光景も、終身刑である銭田には関係ありません。

にも関わらず、ふと獅子神と目が合います。
獅子神の方がこちらを見ているのです。
様子を伺うように、じっと動きません。
銭田は目を離すわけにはいかなくなりました。目を逸らすのは、肉食獣に対しては悪手だからです。

うわ、あの目玉……めっちゃ硬そう。食えないかも。
肉も硬いんだよな、ライオン。
しっかりした赤身肉で、シチューとか、煮込み料理にすると旨い。」

あ、あんたさっきから何の話を……」

職業病だよ……」

ちなみに、銭田の職は肉屋です。これはあくまで癖のようなものですから、本当に獲って食うつもりはありません。
肉の部位を品定めすることで、どうにか平静を保っているのです。

獅子神はいよいよ前脚をじゃり、と踏み締めて、こちらへずんずん向かってきます。
銭田はぎょっとして後退りしますが、獅子神は一言、逃げるなと制しました。

近くで見ると、丸い瞳は拳ぐらいあって、よく磨かれた鏡のようにはっきりと正面を映しています。

やっぱり水晶質じゃないか。
食べられそうにはないけど、きっとそれなりの値段で売れ……)

……って、あれ?)

瞳の中に映っているのは、銭田ではありませんでした。

幼い子どもの姿。
銭田はその子どもに見覚えがあります。

クウ……?
え?じゃあ……」

獄卒たちがやたらと"子ども扱い"してきた理由がなんとなくわかりました。
同時に、亡者タイマの正体も。

……特例にて。」

しかし、どうやらそれどころではないようです。
獅子神の声音は子どもたちに向けたものとは打って変わって、脅しつけるようです。

再裁定を執り行う。」

は?」

鏡の中の、クウの姿がだんだんと歪んでいきます。

やがて――

………………」

………………」

………………」

ウゥワッッッッッ!誰だこのおっさん!!」

え……僕だけど……
何か傷つくなその驚き方……」

騙ったか、亡者タイマ。いや、凡夫よ。」

はい?」

ここは貴様の居るべき場所ではない。
父親殺しは五逆。故に一中劫、阿毘の苦に処す。」

ん?」

賽の河原は取り止め。
無間地獄行きだってさ、無間地獄。
最下層にある、1番長くて救いようのない地獄だよ。あんたすごいね!」

どゆこと!?
どういうことなのか全然わかんないよ!!
てかこいつ救いの神じゃなかったの!?騙りはどっちだ!!」

不敬かよ。
そりゃシソウヤマ様が"救いの神様"であると同時に、"地獄の王様"でもあるからさ。」

DVじゃん!!
地獄で乱暴してから優しげな感じで来るのはDVの典型的特徴なんだよ!」

挙句仏の道を侮辱するか。」

こいつさっきからやばいよ。
納得の無間地獄だよ。」

……行け。」

獅子神の一声で、銭田の足元に穴が空きます。

ちょッ!?」

嘘だぁあアアアアアアアアアッ!!!」

銭田は堕ちました。

獅子神は何事もなかったかのように、河原を後にします。
背に乗せた子をあやすように、一歩一歩踏み締めて……

 

ゆらゆら。

ゆらゆら。

揺りかごのように。

微睡んでいく。

因縁も、業も、何もかも。

どろどろ。

どろどろ。

ごおごお。

ごおごお。

燃やされていく。