子猫の声がします。
聞き逃してしまいそうな、か細い声です。
「絶対迎えに来るからね。」
少女は、ダンボール箱を木の根元に置きました。
子猫はずっと待っていました。
凍えて、乾いて、お腹が空いて。
子猫は、ボロボロの壁をよじ登って、まばらに草の生えた土に降り立ちました。
少女を探しに行きます。
ふらふら、ふらふらと。
辺りがすっかり暗くなったと思ったら、急に眩しい光が押し寄せました。
ふたつの前照灯、鈍い音と共に小さな旅は終わりました。
うさぎの親子がいます。
母うさぎはぴょんぴょん跳んで、子うさぎはついていくのに必死です。
子うさぎは疲れ果て、不幸なことに、母うさぎとはぐれてしまいました。
凍えて、乾いて、お腹が空いて。
岩陰でじっと震えていると、向こうから大きな影が駆けてきます。
ほっと安堵する子うさぎは、
やっと母うさぎが帰ってきてくれたと、顔を上げました。
思っていたよりもずっと大きなその影。
瞳に飛び込んできたのは、鋭い牙でした。
ヒトの幼子が床に伏せています。
治らない病だと、もう長くはないと、わかっていました。
幼子には兄がいましたが、薬を探すのに必死で留守にしています。
幼子は兄を信じて、ひとり天井を見つめます。
でも本当は、少しでも長くそばにいてほしいと思うのでした。
凍えて、乾いて、お腹が空いて。
微睡の中、いないはずの兄の声が聞こえます。
「わしは、必ず帰ってくるからな……」
走り去る兄の幻に手を伸ばして「にいちゃん」と。
掠れた声で、何度も何度も兄を呼びました。
何度も日が昇った後、もう兄を呼ぶ声はしませんでした。
子ひつじが生まれ、すぐに食卓に並びました。
小さな魚が生まれ、すぐに大きな魚に食べられました。
種から若葉が芽吹くこともなく。
卵からひよこが生まれることもなく。
小さな命が死んで。
小さな命が死んで。
目を逸らす者、必死に追い縋る者は心の奥底で思いました。
思いたくないと思いながら、思いました。
空しい、と。
数多の生涯を使い果たし、疲れ切った子は地獄に堕ちていきました。
魂は亡者と化してなお、その敗走を認めませんでした。
どうかまた、もう一度。
どうかまだ、この先を。
脱獄を――
それからずっと後のこと。
遠い遠い何処にて、一組の男女を眺める少年がいたといいます。
男女は星空の下、愛を囁き、そして……
『再会』を誓いました。
再会。
必ず戻るという誓い。
少年は、決意の瞳を――
「…………うう。」
暗がりに、少年が横たわっています。
少年の周りには、子猫や子うさぎなどの小さな生物が、青白い光を放ちながら漂っています。
銭田の弟、クウ。もとい亡者タイマです。
「……どうなったんじゃ。
ここは、わしは……」
少年の身体を支えるのは古びた木の板で、小舟のようにゆったり揺れるたび、低く粘り気を帯びた音がします。
目を擦って瞬きを数度。
ようやく周りの景色に目が慣れてきました。
赤黒い空の下、光はほぼありません。
辺り一面には沼が広がり、闇夜と晴天を掻き混ぜたような墨流しの模様が揺らめきます。
所々浮いている木の板は、壊れた建物の壁や板材なのでしょう。
遠くには、沈んだと思しき塔の屋根が見えます。
「な、なんじゃ、ここ……」
板が軋む音、粘った波を揺らす音。
それ以外は、不気味なほどに静まり返っています。
キーキーと引き裂くような声が静寂を破りました。
振り返ると、何かがとぷんと沼に沈んでいきます。
側に浮かぶ木の板には、怯える人や動物がびっしりと身を寄せ合っていました。
タイマは沼を見つめます。
その色をよく知っています。
「……アオイにいちゃん?」